昨日の僕は、地元のイオンに行きまして、
不祥事でお馴染みのペッパーランチで腹ごしらえを済ませてから、
今週末まで開催されている、香川県の英雄・中西太展を観てきました。
まずは中西太展の説明を。
中西太さんについては、↓のウィキペディアをご覧下さい。
http://niwango.jp/mobile/search/niwango_wiki.php?f=hbv99b&q=%92%86%90%BC%91%BE
そんな中西さんがこのたび、所有していたトロフィー類を故郷の高松市に寄贈する事になり、
一般公開のプレビューイベントとして、イオンのサービスカウンターの横で展示されていた訳です。
もちろん警備員付きで。
僕自身、中西さんの現役時代はもちろん、コーチ時代の雄姿も、仰木さんの右腕として活躍していた近鉄時代以降しか観た事がないのですが、
展示されている数々の品をみたら、オリックス清原や日ハムの中田なんか目じゃない、と思うぐらいの豪快な怪童伝説、野武士軍・団西鉄ライオンズ伝説、そしてパリ・ーグ史の片鱗っていうんですかね…
歴史の重みは凄く感じました。
中でも、僕が観た時に武者震えをしたのがこの品!
プロ野球は詳しくない方でも、一度は耳にした事があるであろうキャッチフレーズ“神様・仏様・稲尾様”の稲尾さんが、
鬼神の如き熱投で西鉄を日本一に導いた時のチャンピオンフラッグですよ。本当びっくりしました!
福岡の西鉄本社にも保管されているであろうこのフラッグ。
もしレプリカだとしても、どーいう流れを経て中西さんの手元に辿り着いたかはわかりませんが、
きちんとした方に鑑定をしてもらえば、いったい幾らの価値があるんやろ…
次に目が行ったのは、中西さんが着たユニフォーム。
中西さんが在籍した西鉄・近鉄・オリックス、
そしてエモやんに『ベンチがアホやから〜』とクソをぶっかけられた当時の阪神。
もしかしたら他の皆さんもそうかも知れませんが、西鉄ライオンズの映像なんて白黒でしか観た事がないので、
オレンジ色が交じったユニフォームが、ホーム用だったかビジター用だったのかすらわからない。
そんな西鉄のユニフォームは、レプリカなのかも知れませんが、とにかくデカかったよなぁ。いいもんを観れました。
他には前記の通り、中西さんが西鉄時代に獲得したトロフィーも沢山展示されてました。
そんな、超異次元空間の中で、僕が一番不満が残ったのは、あれからもう20年も経つ、あの“10・19”がスルーされていた事。
イチローの写真はこんな感じで展示されていたのに、
仰木さんはスルーされていたのは、非常に残念でした
(10・19の詳細→ http://niwango.jp/mobile/search/niwango_wiki.php?wid=337241&f=hbv99b )
あの時の川崎球場・ダブルヘッダー第一試合の9回表 梨田(現日ハム監督!)のタイムリーヒットで勝ち越しのホームインをした鈴木と、
寝転がりながら抱き合う中西さんの写真は、どっかのスポーツ新聞社ならば所有してる筈だと思うのですが…
もっとも、オリックスで優勝した時の写真は展示されていたから、まぁええか(笑)
なお、これらの貴重な資料は来月末から、松島町の高松市民文化センター…
そう、昭和のプロレスファンにはお馴染み(注・第一回IWGP公式戦の猪木vs前田明戦や、長州率いるジャパンプロレスがプレ旗揚げ戦を開催された)のあの市民文化センターの中で展示されるそうです。
ゴールデンウイークが終わってから、もう一度これらを拝ませてもらいに行きたいですね。
最後に、中西太さん。
最近は西鉄ライオンズの仲間の不幸が続き、精神的にはかなり堪えているとは思いますが、
いつまでも長生きをして、池永氏と一緒に西鉄ライオンズの伝説を語り継いでいって下さい…
それでは今日の最後の曲・チャゲ&飛鳥で『NとLの野球帽』をお聞き下さい…
♪NとLのくたびれた野球帽
無くした物は景色だけさ
一緒に歩かないか
1969 光の中生きてた
1969 愛するものが近くにあった
ランキング・エントリー中!
↑livedoorのブログランキングにエントリーしています。よろしくお願いします。
中西太さんについては、↓のウィキペディアをご覧下さい。
http://niwango.jp/mobile/search/niwango_wiki.php?f=hbv99b&q=%92%86%90%BC%91%BE
そんな中西さんがこのたび、所有していたトロフィー類を故郷の高松市に寄贈する事になり、
一般公開のプレビューイベントとして、イオンのサービスカウンターの横で展示されていた訳です。
もちろん警備員付きで。
僕自身、中西さんの現役時代はもちろん、コーチ時代の雄姿も、仰木さんの右腕として活躍していた近鉄時代以降しか観た事がないのですが、
展示されている数々の品をみたら、オリックス清原や日ハムの中田なんか目じゃない、と思うぐらいの豪快な怪童伝説、野武士軍・団西鉄ライオンズ伝説、そしてパリ・ーグ史の片鱗っていうんですかね…
歴史の重みは凄く感じました。
中でも、僕が観た時に武者震えをしたのがこの品!
プロ野球は詳しくない方でも、一度は耳にした事があるであろうキャッチフレーズ“神様・仏様・稲尾様”の稲尾さんが、
鬼神の如き熱投で西鉄を日本一に導いた時のチャンピオンフラッグですよ。本当びっくりしました!
福岡の西鉄本社にも保管されているであろうこのフラッグ。
もしレプリカだとしても、どーいう流れを経て中西さんの手元に辿り着いたかはわかりませんが、
きちんとした方に鑑定をしてもらえば、いったい幾らの価値があるんやろ…
次に目が行ったのは、中西さんが着たユニフォーム。
中西さんが在籍した西鉄・近鉄・オリックス、
そしてエモやんに『ベンチがアホやから〜』とクソをぶっかけられた当時の阪神。
もしかしたら他の皆さんもそうかも知れませんが、西鉄ライオンズの映像なんて白黒でしか観た事がないので、
オレンジ色が交じったユニフォームが、ホーム用だったかビジター用だったのかすらわからない。
そんな西鉄のユニフォームは、レプリカなのかも知れませんが、とにかくデカかったよなぁ。いいもんを観れました。
他には前記の通り、中西さんが西鉄時代に獲得したトロフィーも沢山展示されてました。
そんな、超異次元空間の中で、僕が一番不満が残ったのは、あれからもう20年も経つ、あの“10・19”がスルーされていた事。
イチローの写真はこんな感じで展示されていたのに、
仰木さんはスルーされていたのは、非常に残念でした
(10・19の詳細→ http://niwango.jp/mobile/search/niwango_wiki.php?wid=337241&f=hbv99b )
あの時の川崎球場・ダブルヘッダー第一試合の9回表 梨田(現日ハム監督!)のタイムリーヒットで勝ち越しのホームインをした鈴木と、
寝転がりながら抱き合う中西さんの写真は、どっかのスポーツ新聞社ならば所有してる筈だと思うのですが…
もっとも、オリックスで優勝した時の写真は展示されていたから、まぁええか(笑)
なお、これらの貴重な資料は来月末から、松島町の高松市民文化センター…
そう、昭和のプロレスファンにはお馴染み(注・第一回IWGP公式戦の猪木vs前田明戦や、長州率いるジャパンプロレスがプレ旗揚げ戦を開催された)のあの市民文化センターの中で展示されるそうです。
ゴールデンウイークが終わってから、もう一度これらを拝ませてもらいに行きたいですね。
最後に、中西太さん。
最近は西鉄ライオンズの仲間の不幸が続き、精神的にはかなり堪えているとは思いますが、
いつまでも長生きをして、池永氏と一緒に西鉄ライオンズの伝説を語り継いでいって下さい…
それでは今日の最後の曲・チャゲ&飛鳥で『NとLの野球帽』をお聞き下さい…
♪NとLのくたびれた野球帽
無くした物は景色だけさ
一緒に歩かないか
1969 光の中生きてた
1969 愛するものが近くにあった
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