『テレビ朝日50周年記念特番 伝説のスポーツ名勝負』を観た感想のつづきを…


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※ウィキペディアより

近鉄本社が日本一を経験しないままバファローズ球団を手放し、川崎球場もあーなって、

あの日の実質的な主人公だった仰木さんは天に召され、当日出場した選手は全員現役を退き…

表面上は風化してもおかしくないぐらい時間は過ぎましたが、

それでも、この様に映像を観たらあの日の事を鮮明に思い出すよなぁ…

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まずは前置き。

20年前の1988年の10月19日。

当時15歳の僕は、庵治中学校の3年生は昼間公立高校の説明会を受けてました。

でも、僕がいたクラスの男子の一部は(大半じゃないのが辛いが)パ・リーグの優勝の行方で頭がいっぱい。

今のプロ野球ではまず無いであろう10月に入ってからの強行日程で、

関西発信のメディアはともかく、全国ネットのスポーツニュースは、

メイクドラマだメイクミラクルだなんて言葉が生まれる前時代ですし、

シーズン序盤に某外国人選手がクスリで逮捕されてから、急遽トレードされてきたブライアントの大活躍がありながらも、近鉄がよりによって西武との最後の直接対決に敗れた事もあり、

『奇跡の逆転優勝へ!』

的な大層な煽りはさほどなく、普通にパ・リーグを扱いながらこの日を迎えてました。

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されど、神掛かりな快進撃はつづき、10月を過ぎてもラジオ中継を続行したOBCのバックアップも大きかったか、

前夜の近鉄の圧勝で、関西発信のメディアのムードは最高潮。

その男子の中のごく一部は、この日電撃発表された阪急本社のブレーブス球団売却で半ば放心状態でテレビを観ていたという事ですが、

皆、いろいろな思いを抱えながら、

途中まではラジオ中継を、そして21時からは伝説になったノーCMのテレ朝の中継を観ていた訳です…

前置きは長くなりましたが、今回の特番の感想を。

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放送された内容自体はですねぇ、封印作品状態だった猪木vsアリと違って、

こーいうシチュエーションでなければ、まず間違いなく全国ネットで試合を観てもらう事がなかったであろう大石や梨田…はそうでもないけど、

どう好意的に観ても地味なビジュアルの近鉄の選手達が見せた名シーンの数々は、仰木さんが亡くなられた時も放送されてましたし、

最終試合を実況したアベロクさんが川崎球場から番組を進行し、近鉄とロッテの主要登場人物のコメントに加え、

当日の日刊スポーツ編集部の混乱の模様や、西武側の視点として森監督らのコメントが流れていた、

88年のニュースステーション年末特番の方が時間は長かったので、そこは不満は残りました。

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しかし、もし当時テレビ局から取材を申し込まれても、バッシング回避の為受けなかったであろう有藤さんが、例の抗議の件を限りなく本音で喋っていた事と、

右手負傷の為に一軍登録を抹消されていながらも、規則違反を承知でベンチ入りされた金村が、

10回表終了の“終戦”直後にひそかに目撃したという仰木さんの涙。

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何というか…

この二つの証言だけで、胸がいっぱいになりましたし、十分泣けましたね。

普段は陽の当たる事が非常に少ないパ・リーグの2チームを、この二人が指揮していたからこそ、ここまで物凄い試合になったんやろーし、

ここまで物凄い試合が伏線として皆の記憶にはっきり残っていたからこそ、翌年の10・12にピークを迎える近鉄の優勝があそこまで劇的だったんやろーなぁ、といま改めて思いました。

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あれから20年。

10・19をリアルタイムで観ていない若い世代の選手達が主役になってきたパ・リーグ。

そして、日本のプロ野球はそれでもそれでも続いていく、という事で…

※ユー何とかより

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