昨夜は、予告通り(大げさ)に『グラン・トリノ』を観てきました。

今回はその感想を…

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《以下ネタバレ注意》
僕自身はこれまで、僕の両親と同じ年代のイーストウッドが出演した映画も、監督した映画とも殆ど縁がなくてですね、

ウィキペディアで調べてみたら、どれも観た記憶がなかった。

そんな状態ではありましたが、俳優としてかかわるのは『グラン・トリノ』がどうやら最後になりそうだという事で、ある程度ハードルを上げて観たんですけど、

イーストウッド本人が恐ろしいぐらいに、俳優としての己の最後の姿を意識していたからこそ生まれた、独特の雰囲気が漂っていた、人生の重みがある作品だったと思います。

『ABCアシッド映画館』でもツッコまれていた、予告編で紹介されていた大絶賛の嵐も、あまりハッタリじゃない感じ。

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しかし、イーストウッドが

“死が近づいている事を知るが、どう人生を締め括ればいいかが見えていない孤独な頑固親父”

であるコワルスキーのキャラをわかりやすく伝える為に、

地上波ではピー音で処理されそうなスラングが台詞の中で乱発されていたし、

マシンガンやライフルが派手に使われるシーンが複数あったのに、かなり地味に見えるストーリーだったのは事実。

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何となくですが、イーストウッドが実のおじいちゃんよりも年上になってしまう様な若い世代の方がこれを観ても、

コワルスキーには感情移入をしにくかったんちゃうかなぁ、という気がするし、

本来ならば作品の軸になるべき、タオがコワルスキーと触れ合う事で人間として成長する過程も、

結局はデートには行けなかったし、就職して以降の姿が殆ど描かれない等、

作品中はあまり重きを置かれていなかった感じがするので、そこは不満が残りました。

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朝鮮戦争に出兵した事もあり、人種差別志向が強いのに、アジアの少数民族の移民と交流する事と、

死を悟事で性格がちょっとだけ変わっていくという姿を、イーストウッドがじっくりと描いていたのはわかりますが、

もうちょっとだけでいいから、スーやタオの家族、

あと、どう考えても話のキーマンに見えながらも、終盤はコワルスキーの覚悟の行動を止める様な場面にすら立ち合えない等、

思い切り普通に扱われていた牧師のアンちゃんにも、救いがある様な終わらせ方にしてほしかった。

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贅沢なアレかもしれませんが、あれじゃ極端な話、イーストウッドによる・イーストの為の(中略)映画に見えたんですよね。

元々イーストウッドはそーいう方なのかも知れませんが…(苦笑)

ただ、タオの成長に重きを置かなかったからこそ、オーラスのタオがグラン・トリノを運転するシーンが変に余韻が残ったという見方も、

できない事はないのですが、イーストウッドが一番アピールしたかったのは、決してそこやないでしょうし…

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じゃあ、どこを一番アピールしたかったんやろか?

今作に向けての、イーストウッドのインタビューは殆どチェックしていないので邪推になりますが…と前置きをして書くと、

それは、クリント・イーストウッドとしての、死に様の理想形だったのかなぁ、と。

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若い頃から、ガンマンものやダーティハリーシリーズで勧善懲悪の世界を見せてきて、

晩年には真珠湾&星条旗の二作品で太平洋戦争を描く事に徹底的にこだわった末に、

自らの俳優としての最後の作品は、反撃をする意志もなく、犬死にもなりかねないぐらいにあっさりと、

街のチンピラの撃つマシンガンで、ありえないぐらいの蜂の巣状態にされる事で終わってやろう!とある意味悟りを開いたのかも…

ん〜、もちろん邪推なので、自信も根拠もありませんが、

地味な作品だったからこそそーいう想像力を掻き立てられたというかですね…

実に重い作品でした。はい。

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