昨夜は、映画『アメイジング・スパイダーマン』3D吹替版を観てきました。今回はその感想を書いていきましょう。
秘密とは代償を伴うもの。いつか報いを受ける…
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僕はですね、配給会社もプロモーションに気合が入りまくりの おおかみこども〜とダークナイト・ライジングを観る前の“露払い”として、予め評価するハードルを低めにしていたので十分満足はできましたね。
何かの手違いがあって、もしも観る順番が逆になってアメイジング〜が後からになっていたならば?と考えたら冷や汗ものではありますが…
それにしても。
今作はマーク・ウェブ監督による、新生スパイダーマンシリーズとしての一発目だった訳ですが、
制作サイドが早い段階から抱いていたのであろう
『サム・ライミ監督による劇場版スパイダーマンシリーズと全く違う物にしなければ意味がない』
および
『とにかくスパイダーマンをカッコ良く魅せたい』
という意気込みというか、熱いこだわりは、見方によっては空回りしていた様に見えるぐらいに伝わってきたなぁ〜。
僕自身は原作&サム・ライミ版に対して特に思い入れは無くて、
序盤から完全な別物として新鮮に見れて最後まで楽しめたので、この方向性は全然有りですね。潔かったと思う。
映像面でも、3Dを強く意識したからなのか?
スパイダーマンが夜に活躍する場面がメインになっていた点は
『それ、バットマンやないねんから?』
とは思いましたが、
原作に近い設定というのを免罪符にして、
より何でも有り度を増した蜘蛛の糸をフル活用するスパイダーマンのアクションシーンは、
いやらしいぐらいにCG全開のダイナミズムが見れて凄くカッコ良かった。僕は合格点は出しておきたいですね。
特に。スパイダーマンがリザードと橋の上でやりあった後、宙吊りの自動車の中から子供にマスクを被せてから救出して、その子供の父親が後のニューヨーク中のクレーンを…
てな感じで、まさかの繋がりを見せる流れは、変にたぎるものがあったし(笑)
もっとも、原作&サム・ライミ版のスパイダーマンの世界に無茶苦茶のめり込んでいた方がアメイジングを観たら、
それこそ『愛と誠』のオリジナルと三池崇史版の違いと同じぐらいの不自然さを感じてしまいそうな気はしますが…まぁ、ええか。
ここからは、そんなアメイジングの世界を比較的好意的に受け入れた僕でもツッコミを書かざるを得ないぐらいの、
アメイジング〜において感じた違和感について書いていきましょう。
何より僕が一番違和感を感じたのは、
これじゃアベちゃん主演の『麒麟の翼』やんけ!
となるぐらいに複数の流れを詰め込み過ぎていたから、
アメコミが原作なのにわかりにくいストーリーだったところになるでしょうか。
特に、博士が研究の末に自らで人体実験をしてリザードになってしまい、
他の人もリザードにしようとテロを計画するまでの説教臭い流れは、
エヴァにおける人類補完計画っぽく見えてしまいちょっと醒めた(爆)
大体ですね。複数の流れを詰め込んだストーリーなのに、
『ココアを飲まないか?』と誘ってきたロード・スティーブン・リーガルみたいな堅物の警部の親父を、
エマ・ストーンがいろいろ言って追っ払うシーンや、図書室での格闘シーン等の
“必要以上に台詞のやりとりと演出が練り込まれていた”
場面と、
ピーターがエマ・ストーンに恋愛感情を抱く、本来ならば重要であるべき
“脚本も演出も比較的軽かつあっさり流されていた”
場面とのギャップが大きくムラがあった様に見えたのは、それどないやねん!?ってなった。
突き詰めていけば、マーク・ウェブ版は編集の仕方が雑やろ、という事になるんやろか…?
また、スパイダーマンが市民を守ろうとするきっかけになった、左手首に星のタトゥーがある男の存在や、冒頭から何かの伏線っぽいアイテムに見えたスケボーが、
途中からは限りなく“無かったこと”になっていたのは、普通にあり得ないでしょ。
タトゥーのおっちゃんが、実はスパイダーマンとリザードが闘ういずれかの場面でエキストラで紛れ込んでいた…
みたいな一捻りもどうやら無いみたいやから、こうなると監督が忘れかけてたとしか思えない。
この調子だと、前よりも主要登場人物同士の絆が重視されるっぽい新シリーズを通しての謎になりそうな
『パーカーの父親は、何故パーカーの前から消えたのか?』
の点も、最終的には例えば夢オチみたいな形で、雑に扱われそうな不安も残った。
ついでに書けば。
吹替版限定の、スパイダーマンに対する思い入れは無い様に思えたエンディングテーマ曲も『何だかなぁ〜』感満載だったし。
これらは、総じて減点材料にせざるを得ないんでしょうね…
役者さんについて。
おばさんは案外でしたが、それ以外の主要な役者さんは皆良かったんじゃないすかね?
まずは、前シリーズのスパイダーマン3での、トミー・マグワイヤがダークサイドに乗っ取られて街中をチョイ悪モードで闊歩する、茶番みたいなシーンが無くて安心した(笑)
ピーターが、蜘蛛に噛まれてから覚醒した自らのとんでもない能力を、
あまり悩まずにあっさり受け入れていた点を“若さ”の勢いだけで突っ走っていたのは『大概にせえよ』状態でしたが、
今作におけるアンドリュー・ガーフィールドならば、悩むシーンが多くても無難な演技を魅せれた様な気もするし。
エマ・ストーンにキスがどーこうという台詞をわざわざ言わせながらも、
アンドリューとのキスのシーンがあっさりしていたのも同じく『大概にせえよ』状態でしたが、
これまたエマ・ストーンならばサム・ライミ版以上にねちっこい、唇が離れる時に糸を引きそうなキスシーンだったとしても、無難にこなした様な気がするし!?
ん〜、ここまで書いてマーク・ウェブ版を誉めたいんだか、けなしたいんだかよくわからなくなってきましたが、
とにかくサム・ライミ版とは全く違う、主演の2人ともが頑張っているアナザー・スパイダーマンとしてなら どっちも有りやろーという点は強調して締めさせていただきます。
続編も、とりあえずは楽しみにしておきます!
何かの手違いがあって、もしも観る順番が逆になってアメイジング〜が後からになっていたならば?と考えたら冷や汗ものではありますが…
それにしても。
今作はマーク・ウェブ監督による、新生スパイダーマンシリーズとしての一発目だった訳ですが、
制作サイドが早い段階から抱いていたのであろう
『サム・ライミ監督による劇場版スパイダーマンシリーズと全く違う物にしなければ意味がない』
および
『とにかくスパイダーマンをカッコ良く魅せたい』
という意気込みというか、熱いこだわりは、見方によっては空回りしていた様に見えるぐらいに伝わってきたなぁ〜。
僕自身は原作&サム・ライミ版に対して特に思い入れは無くて、
序盤から完全な別物として新鮮に見れて最後まで楽しめたので、この方向性は全然有りですね。潔かったと思う。
映像面でも、3Dを強く意識したからなのか?
スパイダーマンが夜に活躍する場面がメインになっていた点は
『それ、バットマンやないねんから?』
とは思いましたが、
原作に近い設定というのを免罪符にして、
より何でも有り度を増した蜘蛛の糸をフル活用するスパイダーマンのアクションシーンは、
いやらしいぐらいにCG全開のダイナミズムが見れて凄くカッコ良かった。僕は合格点は出しておきたいですね。
特に。スパイダーマンがリザードと橋の上でやりあった後、宙吊りの自動車の中から子供にマスクを被せてから救出して、その子供の父親が後のニューヨーク中のクレーンを…
てな感じで、まさかの繋がりを見せる流れは、変にたぎるものがあったし(笑)
もっとも、原作&サム・ライミ版のスパイダーマンの世界に無茶苦茶のめり込んでいた方がアメイジングを観たら、
それこそ『愛と誠』のオリジナルと三池崇史版の違いと同じぐらいの不自然さを感じてしまいそうな気はしますが…まぁ、ええか。
ここからは、そんなアメイジングの世界を比較的好意的に受け入れた僕でもツッコミを書かざるを得ないぐらいの、
アメイジング〜において感じた違和感について書いていきましょう。
何より僕が一番違和感を感じたのは、
これじゃアベちゃん主演の『麒麟の翼』やんけ!
となるぐらいに複数の流れを詰め込み過ぎていたから、
アメコミが原作なのにわかりにくいストーリーだったところになるでしょうか。
特に、博士が研究の末に自らで人体実験をしてリザードになってしまい、
他の人もリザードにしようとテロを計画するまでの説教臭い流れは、
エヴァにおける人類補完計画っぽく見えてしまいちょっと醒めた(爆)
大体ですね。複数の流れを詰め込んだストーリーなのに、
『ココアを飲まないか?』と誘ってきたロード・スティーブン・リーガルみたいな堅物の警部の親父を、
エマ・ストーンがいろいろ言って追っ払うシーンや、図書室での格闘シーン等の
“必要以上に台詞のやりとりと演出が練り込まれていた”
場面と、
ピーターがエマ・ストーンに恋愛感情を抱く、本来ならば重要であるべき
“脚本も演出も比較的軽かつあっさり流されていた”
場面とのギャップが大きくムラがあった様に見えたのは、それどないやねん!?ってなった。
突き詰めていけば、マーク・ウェブ版は編集の仕方が雑やろ、という事になるんやろか…?
また、スパイダーマンが市民を守ろうとするきっかけになった、左手首に星のタトゥーがある男の存在や、冒頭から何かの伏線っぽいアイテムに見えたスケボーが、
途中からは限りなく“無かったこと”になっていたのは、普通にあり得ないでしょ。
タトゥーのおっちゃんが、実はスパイダーマンとリザードが闘ういずれかの場面でエキストラで紛れ込んでいた…
みたいな一捻りもどうやら無いみたいやから、こうなると監督が忘れかけてたとしか思えない。
この調子だと、前よりも主要登場人物同士の絆が重視されるっぽい新シリーズを通しての謎になりそうな
『パーカーの父親は、何故パーカーの前から消えたのか?』
の点も、最終的には例えば夢オチみたいな形で、雑に扱われそうな不安も残った。
ついでに書けば。
吹替版限定の、スパイダーマンに対する思い入れは無い様に思えたエンディングテーマ曲も『何だかなぁ〜』感満載だったし。
これらは、総じて減点材料にせざるを得ないんでしょうね…
役者さんについて。
おばさんは案外でしたが、それ以外の主要な役者さんは皆良かったんじゃないすかね?
まずは、前シリーズのスパイダーマン3での、トミー・マグワイヤがダークサイドに乗っ取られて街中をチョイ悪モードで闊歩する、茶番みたいなシーンが無くて安心した(笑)
ピーターが、蜘蛛に噛まれてから覚醒した自らのとんでもない能力を、
あまり悩まずにあっさり受け入れていた点を“若さ”の勢いだけで突っ走っていたのは『大概にせえよ』状態でしたが、
今作におけるアンドリュー・ガーフィールドならば、悩むシーンが多くても無難な演技を魅せれた様な気もするし。
エマ・ストーンにキスがどーこうという台詞をわざわざ言わせながらも、
アンドリューとのキスのシーンがあっさりしていたのも同じく『大概にせえよ』状態でしたが、
これまたエマ・ストーンならばサム・ライミ版以上にねちっこい、唇が離れる時に糸を引きそうなキスシーンだったとしても、無難にこなした様な気がするし!?
ん〜、ここまで書いてマーク・ウェブ版を誉めたいんだか、けなしたいんだかよくわからなくなってきましたが、
とにかくサム・ライミ版とは全く違う、主演の2人ともが頑張っているアナザー・スパイダーマンとしてなら どっちも有りやろーという点は強調して締めさせていただきます。
続編も、とりあえずは楽しみにしておきます!
コメント
コメント一覧 (3)
マスクドヒーローがマスクを取ってしまうのもそうですが、こだわりがないんですよね。
やっぱりヲタク監督サム・ライミは偉大ですわ。
俳優としては私はサム・ライミ版より好きです。エマ可愛いし♪
ただお話的には正直たるかった…中々出てこないし…。
続編への長期的な伏線で、パート2ではピーターが「若さゆえの過ち」を償うために悲惨な目に遭う、とか言うんなら、まだ許せますが・・・。
しかし、パート1からパート2にかけての伏線っちゅうのもなんだかナァー
往生際が悪いッスよ!