今朝、上田馬之助さんが亡くなられたという事で…


※PC版日刊スポーツ ホームページより


※PC版日刊スポーツ ホームページより
小さい頃、テレビでTJシンの横に居た馬之助さんを観た頃は、とにかく怖かった。
青年期に入った頃は、新日本vsUWFのイリミネーションマッチでの前田日明との場外心中を見た時は心底唖然とさせられた。
しかしその反面、ター山が『ザッツ・レスラー』等で馬之助さんはリングを降りたら悪“役”である事を文章でアピールしていたのを読んだり、
『たけし城』での活躍や『1・2の三四郎』でのどう見ても馬之助さんがモデルになっている桜五郎であるとかを見て、馬之助さんのプロ根性に感心させられた。

そこからまたある程度歳をとった頃には、維新力との包丁マッチというトンデモ路線としか言い様がないストーリーに乗っかりつつも、
怖いオーラは健在で、日本人ヒールのパイオニアとして、またレジェンドとしての存在感をマイペースでアピールしていた矢先の交通事故の後フェードアウトして…
もし交通事故がなければ、ヒールとしてどんなプロレス人生の幕切れを見せていたのか、はたまた今でも現役を続けていたのか?
その答えが出る事がなくなった事も含めて、非常に悲しいですね。

僕の中の馬之助さんの思い出。
前記の場外心中の他には、87年の藤波vs木村健悟の後楽園ホール・ワンマッチ興行で、レフェリーを自ら買って出たというエピソードでしょうか。
新日本からすれば馬之助さんは部外者だし、小鉄さんやピーターも健在だったのに、よくその申し出を受け入れたもんだ。

大体ですね。
ヤマモさんが今夜こんな感じで馬之助さんの思い出をブログに書いていたのを読んで、
馬之助さんって、新日本参戦当時にはなかなかに無茶な事をやっていたのを思い出した。
猪木か坂口さんかはわかりませんが、馬之助さんに対する特別な思いを持っていたのかも…とか思った次第。

そうそう。
これは比較的最近の話になりますが、ロック様が当時のWWFでオーバーし始めた頃に、週刊プロレスのロック様の“あの目付き”の写真が掲載された記事を見た僕は、
『こいつ、何馬之助さんの悪そうな顔を真似しとんねん』
って普通に思った事もあったっけ(爆)
変な話、ロック様の各方面へのアンテナの張り方を加味すれば馬之助さんの影響ももしかしたら…とか今でも邪推をしてみたり。
他に思った事は…そうやなぁ。

本人が、自らの知名度を全国区にしたい的な欲があるのかどうかはよくわかりませんが、
九州ローカルで二代目上田馬之助が頑張っている以上は、上田馬之助の名前はプロレス界には今後も残るので、
今は『二代目には頑張ってほしい』としか言い様がない。

また“コスプレ”なんて言葉が無かった時代、旧UWFの仮装バトルロイヤルにおいて一夜限定で馬之助さんになったり、
『馬之助さんを励ます』興行でマイクを握り馬之助さんにエールを送った藤原組長には、長生きしてほしいですねぇ。

そんな藤原組長。
来週スマッシュに出るんやったっけ。
上田馬之助さんの追悼セレモニーは、おそらく明後日の新日本の後楽園大会で行われるんでしょうけど、
藤原組長の事だからきっと、そのセレモニーとは別に馬之助さんに捧ぐ喪章を付けてスマッシュのリングに上がる…筈。
また、そんな藤原組長の向かい側にはフィンレーが立つ…
こーなったら組長には、フィンレーのあの武器(名前忘れた)に対抗して、馬之助さんチックに竹刀を持ち込んだらええのに…ね。
最後に。
上田馬之助さんのご冥福をお祈りいたします…


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青年期に入った頃は、新日本vsUWFのイリミネーションマッチでの前田日明との場外心中を見た時は心底唖然とさせられた。
しかしその反面、ター山が『ザッツ・レスラー』等で馬之助さんはリングを降りたら悪“役”である事を文章でアピールしていたのを読んだり、
『たけし城』での活躍や『1・2の三四郎』でのどう見ても馬之助さんがモデルになっている桜五郎であるとかを見て、馬之助さんのプロ根性に感心させられた。

そこからまたある程度歳をとった頃には、維新力との包丁マッチというトンデモ路線としか言い様がないストーリーに乗っかりつつも、
怖いオーラは健在で、日本人ヒールのパイオニアとして、またレジェンドとしての存在感をマイペースでアピールしていた矢先の交通事故の後フェードアウトして…
もし交通事故がなければ、ヒールとしてどんなプロレス人生の幕切れを見せていたのか、はたまた今でも現役を続けていたのか?
その答えが出る事がなくなった事も含めて、非常に悲しいですね。

僕の中の馬之助さんの思い出。
前記の場外心中の他には、87年の藤波vs木村健悟の後楽園ホール・ワンマッチ興行で、レフェリーを自ら買って出たというエピソードでしょうか。
新日本からすれば馬之助さんは部外者だし、小鉄さんやピーターも健在だったのに、よくその申し出を受け入れたもんだ。

大体ですね。
ヤマモさんが今夜こんな感じで馬之助さんの思い出をブログに書いていたのを読んで、
馬之助さんって、新日本参戦当時にはなかなかに無茶な事をやっていたのを思い出した。
猪木か坂口さんかはわかりませんが、馬之助さんに対する特別な思いを持っていたのかも…とか思った次第。

そうそう。
これは比較的最近の話になりますが、ロック様が当時のWWFでオーバーし始めた頃に、週刊プロレスのロック様の“あの目付き”の写真が掲載された記事を見た僕は、
『こいつ、何馬之助さんの悪そうな顔を真似しとんねん』
って普通に思った事もあったっけ(爆)
変な話、ロック様の各方面へのアンテナの張り方を加味すれば馬之助さんの影響ももしかしたら…とか今でも邪推をしてみたり。
他に思った事は…そうやなぁ。

本人が、自らの知名度を全国区にしたい的な欲があるのかどうかはよくわかりませんが、
九州ローカルで二代目上田馬之助が頑張っている以上は、上田馬之助の名前はプロレス界には今後も残るので、
今は『二代目には頑張ってほしい』としか言い様がない。

また“コスプレ”なんて言葉が無かった時代、旧UWFの仮装バトルロイヤルにおいて一夜限定で馬之助さんになったり、
『馬之助さんを励ます』興行でマイクを握り馬之助さんにエールを送った藤原組長には、長生きしてほしいですねぇ。

そんな藤原組長。
来週スマッシュに出るんやったっけ。
上田馬之助さんの追悼セレモニーは、おそらく明後日の新日本の後楽園大会で行われるんでしょうけど、
藤原組長の事だからきっと、そのセレモニーとは別に馬之助さんに捧ぐ喪章を付けてスマッシュのリングに上がる…筈。
また、そんな藤原組長の向かい側にはフィンレーが立つ…
こーなったら組長には、フィンレーのあの武器(名前忘れた)に対抗して、馬之助さんチックに竹刀を持ち込んだらええのに…ね。
最後に。
上田馬之助さんのご冥福をお祈りいたします…


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コメント
コメント一覧 (2)
まるでチョーククローをかけているかの如く、
苦しみの涙を流させているアナタこそ、真のヒールです!合掌・・・